失語症と“伴走”する声楽家に“伴奏”する音楽療法士
静岡リハビリテーション病院の言語聴覚士の漆畑です。
言語聴覚士としての経験年数は6年です。
ずっと病院で仕事をしてきたので、地域で活躍されている経験豊富な皆様とお話するのはまだ緊張しています。
先日、元気広場城西で音楽療法士をしている私の母からとある情報が入ったことをキッカケに、かたりばの皆さんから背中を押していただいたこともあって、今回記事投稿させていただくこととなりました。
2022年2月13日、札の辻クロスホールで声楽コンサートが行われました。
出演者の一色令子さんは、東京藝術大学音楽学部声楽家を卒業後、常葉大学の学生や地域の合唱団に歌を教えながら、自身のリサイタル・県内外のオペラやミュージカルに出演していました。
しかし、7年前にくも膜下出血・脳梗塞を患い、右半身の麻痺と失語症の後遺症が残りました。
中等度の伝導失語により言葉を流暢に話すことはできなくなってしまいました。
歌を歌うことはできたようですが、声は小さく、音程を取るのも難しく、歌詞も思うようには出ず、元のように歌う事ができなかったようです。
この7年間の間に、家族・リハビリスタッフ・介護スタッフ・デイサービスの利用者・音楽療法士の支えのもと、リハビリに励み、コンサートへの復帰に至ったのだそうです。
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『音楽療法士』
音楽療法では、活動における音楽の持つ力(人の生理的、心理的、社会的、認知的な状態に作用する力)と人とのかかわりを用いて、クライエントを多面的に支援していく。
言語を用いた治療法が難しいクライエントに対しても有効に活用できる方法で、能動的な方法と受動的な方法、グループでセッションをする場合と個別で行う場合と、クライエントに合わせた関わり方がある。
医療や福祉だけでなく、教育や在宅でも活動しており、対象年齢は乳幼児から高齢者まで幅広く、健常な人から重度の障がいのある人までと様々。
病気・事故後のリハビリテーションだけでなく、認知症状や痛みの緩和・発達や学習の支援・介護予防など目的も様々。
音楽療法士は、働く場所により医療・福祉・教育などの専門職であると同時に、「音楽の専門家」であり、高度な音楽の知識や技術が必要。
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母が伴奏者として、出演していたこともあり、私もコンサートに行ってきました。
会場はコロナ禍ということもあり、感染対策を講じた上での開催となりましたが、有名人のコンサートを連想させるような賑わいで、とても驚きました。
一色さんについては母から聞いてはいたものの、ご本人を目にするのは初めてでした。
黄色のドレスに身を包み、プロの声楽家としての出で立ちがそこにありましたが、一方で右手は後遺症である麻痺が見て取れました。
それでも歌い始めてからは、大きな声量で高音にビブラートがかかり、会場全体に響き渡ることで拝聴している人々の鳥肌を見事に立たせるのです。
失語症があることを感じさせない、素晴らしい声量と構音でした。
日々、回復期病棟で失語症の方と接している身からすると、ここまで来るのには相当な努力と苦悩があっただろうなと感じました。
失語症の方は、歌う機能は残されているといわれていますが、実際は歌詞が上手く出て来ない方や音程が取れない方が多い印象です。
それなのに、ここまで仕上げられること自体素直に凄いと感じる一方で、一色さんを支えるスタッフの中でも音楽の知識や技術が備わっていないと、ここまで到達することは難しかったかもしれません。
直接業務で音楽療法士の方と関わった経験はありませんが、自らの後遺症と“伴走”する一色さんに寄り添い、声楽家を支える“伴奏”があってこそのコンサートなのだろうとも思いました。
コンサートを経て音楽療法士の凄味を感じた次第です。
(今年60歳になる母もよくがんばっているなと、、、)
当コンサートの模様は新聞掲載やテレビの取材など、メディア情報もあったりするようなので、また機会がありましたら皆様にお伝えできればと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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