世界が広がる『聴く』ということ
ケアーズ静岡沓谷訪問看護リハビリステーションの理学療法士の西です。
私からは、何気ないことでありながらも、非常に大切な『聴く』ということについてお話しようと思います。
これから元の生活に戻りたいと希望される方
今の生活をできるだけ長く続けていきたい方
人生の最期をこれから迎える方
そうした方々に対して、理学療法士として、一人の人間として、支援させていただくお仕事をしている中で、私は大切にしていることがあります。
それは『聴く』ことです。
多種多様な場面で利用者様やご家族様から、
「何を望まれ、何が大変で、何が不安なのか」
等をお聴きし、目標を共有しながら日々看護リハビリテーションを提供しています。
その一つとして、生活のアドバイス・自主練習の提供・環境の設定等を提案させていただく場面があります。
この時に、
「利用者様は良い方向に進みたい」
「セラピストは良くしたい」
と、お互いのベクトルが合致しているにも関わらず、認識のズレが生じていることが少なくありません。
そうした認識のズレは利用者様からすると、
「自分の言っていることを理解してくれていない」
「この人の話には耳を傾ける価値がない」
というように心の閉塞に繋がり、看護リハビリテーションが成り立たなくなってしまうのです。
これでは、利用者様を支援することが出来ません。
では、なぜ認識のズレが生じてしまうのでしょうか?︎?
それは、利用者様が『今、それを望んでいない』からです。
我々セラピストは利用者様の生活を支援させていただくにあたり、多くの引き出しを持っており、引き出しを増やせるよう日々邁進しております。
その引き出しをいかに開けてお渡し出来るかは、利用者様が我々に要望するのではなく、セラピストが、
『ワードではなくセンテンスを聴く力』
にあると私は思います。
「こうしたら良くなるのにな」を、セラピストのegoismな流れで提供するのではなく、利用者様が望むタイミングで提供出来るよう、『今、何を望まれているか』へのアンテナを高め、聴くことが必要だと思うのです。
人が抱く希望や不安の多くは経験から生まれます。
利用者様が自由を体現出来る在宅生活を支援する上で、利用者様の主体性に重きを置きながら経験を後押し出来るような姿勢を、私は大切にしています。
またの機会に、具体例を交えたコミュニケーション場面や“聴くとは何か”を私なりにお話出来ればと思います。
最後に。
かたりばは、多かれ少なかれ「現状から変えたい、良くしたい」と思う仲間が集まるコミュニティと私は捉えています。
どの業種も、相手の話を聴くことが連携の輪を広げていく要素の一つであると考えられます。
多職種連携を重んじているかたりばは、自分や自分の周囲を豊かにするrespectの下地があり、時に思いを共有し、時に励まし合いながら、日々の活力になっています。
医療介護スタッフも一人の人間であり、まだまだ未熟な私は、これからも皆様から学んで世界を広げていきます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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